うんこなまずの巣

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2015年 08月 22日

150822ざろんさろんメモ

というわけで、ざろんさろん、またまたファシリテーター、してきました。

SAAはとても雰囲気の良い場所でした。道端沿いが窓なので、午前中は天気が良かったのも相まって、開放的な気分?で行われたのやもしれません。本当かな。

以下メモ。今回はとみに恣意的にまとめてしまっているかも?

〇今回のざろんさろんは、ありがたいことに、いわゆる関西学生劇団OB関係の人、初ざろんさろんの人が複数名来られていました。それによって、あまり観劇しない現役学生&OBの演劇つくり手(主に20代。繁澤もこれにあたるか)と、劇場へ頻繁に足を運ぶ世代との会話の機会が生まれておりまして、個人的にはそれが一番の意義だったなあと、思っています。個人的には。

〇話題としては、前半1時間は直近の公演の感想、後半1時間はトピックス的なもの、でした。

〇直近の公演の感想としては、大きく2つ。『阿部定の犬』@アイホールと『たんじょうかい#3』@ウイングフィールド、でした。後半の話題に時間をかけたかったためと、後にも触れますが、『たんじょうかい#3』は超ポストトークのようになってしまったのもあり、結果として時間の都合、公演に関する話題としてはこの2つになりました。

〇『阿部定の犬』に関しては、何よりも「昭和」がキーワードとして挙げられておりました。芝居を通じて昭和という時代を感じる、というか。昭和が体現されていたわけでは決してないが、だからこそ見える昭和という時代?役者、若手含め、選出のセンス。歌、役者が歌う、ということ。メロディーも台詞も覚えていないが、良いものを観た、という感覚。

〇『たんじょうかい#3』に関しては、まあ、実際に自分が脚本を提供した側だったので、エヘヘウフフの世界なのですが、やはりあの演目の順番は、観た側からすると大正解、とのことでした。特に前半2作品への、まっすぐな、ストレートな演出。そしてラスト作品の悪球打ち。『おばあさんも、芝居を観て、声を上げて笑う』とのこと。「まっすぐな愛とひねくれた想い」はやはり、実感としてあったのやもしれません。

〇上述の通り、『たんじょうかい#3』に関しては自分が公演に際しアフタートークまで行った側だったのですが、今回も大仰に言えば製作秘話だったり、初演時の思い出的なことだったり、超ポストトーク的な時間帯がありました。どうしても公演後のアフタートークって、当然帰る人もいますし、時間制限もあるし、独特の緊張感というか、かつ質問も出にくい、といったこともありますが、いわゆるざろんさろん的な会合だと、ゆる~い?ので、ぶっちゃけいろいろ聞いたり話したりがあって、面白いのやもしれません。距離も近いですしね。「役者は、自分がどう読めばいいのかわからない脚本に出会った時、早口でやや大きめに台詞を発し、他者が台詞を喋っている時は無になる」というのは、僕がオーディションを見学に行った際に感慨深かった事象です。

〇『たんじょうかい』に関しては、様々な脚本、役者、に対し、また別の(安心できる?)ひとつの演出、というのが、いわゆる幅広い層のお客さんが来る要素だったと思うのですが、そも、「なぜ芝居を観に行く(のが好きな)のか」「なぜ芝居をやる(のが好きな)のか」という方向に、話題は進んで行きます。

〇それがいわゆる後半のトピックスなのですが、劇場に頻繁に足を運ぶ世代と、学生&OB世代とでは、そも演劇にまつわる環境がやはり違っていたのだ、という聞けば当然納得なことを、実際に参加者の口から聞けたのが面白かったです。

〇劇場に頻繁に足を運ぶ世代からは、やはり「演劇が(今よりも?)身近にあった」というのが、コメントとしてあがりました。子ども劇場、オレンジルーム、OMS、テント公演、リリパットアーミーのテレビ放送、など。まさにオレンジルームやOMSなんてものは、個人的には知った時には既に歴史上のものの感覚だったので、素直にへぇ~ってな感じでした。「劇場に行って芝居を観る」という行為は、「ライブハウスに行って音楽を聴く」「美術館に行って展示を見る」ぐらい『一度はやってみたい(やっておく?)経験』だった、というコメントがあったのも、大変印象的でした。

〇しかしながら、学生&OB世代の出席者は、奇しくも制作スタッフ関係者が多く、それはつまり、大まかに言えば芝居を「する」側なのですが、それほど芝居を身近に感じてきたわけではない(というか、みる数が少ない)?というのが、個人的な(ずっと持っていた)雑感だったのです。もちろん、中高の演劇部、などもあるのですが。例えば自分は元々軽音サークルに入ろうとしていたがなんとなく演劇サークルに入って今に至る、という人間なのですが、あくまでも「何かやる選択肢」として「演劇」を選択していたのだなと、今になって思います。

〇そうか。好きが高じて「やる」ではないのですね。そもそも。

〇実際、芝居を「みる」ものと考えるか「やる」ものと考えるかの違いがあるよね、というコメントがあったのですが、これまた当然そりゃそうなのですが、そうか、と個人的には思いました。「趣味は演劇です」の意味合いと、「趣味は演劇観賞です」の違い。当然ですが。

〇「映画を作りたい人って(みるボリュームとして)無性な映画好きが多いけど、演劇を作りたい(作ってる)人って、あんまり同様には言えない(みるボリュームとして演劇が好きではない)のではないか」という印象も個人的にはあったのですが、それは、役者と監督の世界って話じゃないか?というコメントもありました。ただ、やはり作演出家に限っても、(もちろん統計的な確信があるわけではないですが)けっこう言えるのではないかと、個人的には思っています。映画よりも演劇が手軽?ってか、つまるところ総合芸術という免罪符?

〇誤解なきようなのは、「やるならみれ」的な論調は無かったということです。

〇あと、制作スタッフをわざわざやる、という点においても、何やら「みる側」の方からは不思議な点があったようです。創作的な面と、事務的、ビジネス的な面。

〇「芝居が好き」と、「(この人とやる)芝居が好き」ということ。「芝居を観るのが好き」と、「(この人がやる)芝居を観るのが好き」ということ。

〇「客が増えてほしい」なら、「例えば職場とか、もっと言えばそこらにいる人とか、に、なぜ宣伝しないのか」というそもそも論としての、あるいは理想論としての、まあ正論な、問い。もちろん、事情は人それぞれで、正解は無いのですが(経験則的追伸としては、学生だ、先輩後輩だ、のお客さんはいつまでも無条件に続けて来てくれる、来れるわけではない。またまたしごく当然ですが)。

〇しかしながら、やはりまがりなりにも「演劇(が大小方向性の違いはかな~りあれど暴力的なまとめ方をすればどちらかといえば)好き」という人同士が集まり、決して説教じみたものにならず、あくまで会話、対話にて価値観や知見、その他諸々のやりとりを行えた(はず)の今回のざろんさろんは、少なくとも「やる(やりたい?関わりたい?)側」にとってはかなり有意義だったのでは?と、しみじみ思います。そう、僕は有意義でした。その場自体も。

〇「みる側」にとってはどうなのでしょう(あと、やはり「やる側同士がみる」、というのはありますよね)。

〇やはり「さろん」であるからには交流の場としての役割は有り得るし、特に継続してやれているという点で、ざろんさろんの可能性はあれやこれやと広がるのだな、と思ったりもしました(かつ、やる側のみで集まっていないというのも大きな利点なのでしょう)。

〇思い返しながらする会話と、まさにその出来事に関しする会話、の違い。

〇しかしながら、以上諸々の視点も、自分が「やる側」だからかもしれないと反省しつつ、そも「演劇(表現)とは誰のものだ」という根本の問いも持ちつつ(そんなのわかりきってることかもしれませんが)、ダバダバと書き散らしたメモなのでした。参加者の皆さん、ありがとうございました。

〇今回も疲れましたが、楽しかったです。今後もいろんな人に来ていただいて、気軽にざっくばらんに話したいですね。双方向の対話として。ざろんさろんはいい場だと思います。

〇なお、これまた誤解なきようなのですが、今回ざろんさろんは繁澤がファシリテーターをしたため、あるいは出席者の構成上、以上書いたような話題になったかと思います。ファシリテーターや出席者や時期が違えば当然ながらまた全く違った話題等になりますので、こういう話題「も」出ることがあるのがざろんさろんだ、ぐらいの感覚で読んでもらえればと思います。

〇『ざろんさろん』は、毎月1回大阪市内で開催している茶話会企画です。関西で上演された最近の舞台作品の話題を糸口に、ざっくばらんにいろんな話を展開しています。

by unkonamazu | 2015-08-22 23:46 | Comments(0)
2015年 08月 16日

昨日何食べた?

昨日、海老を食べました。天満にある、いわゆる海老バル、に行ったのです。

このお盆休みの期間は素晴らしく食を満喫していて、ローストビーフ丼だの、寿司だの、プールサイドで食べる湘南カレーだの、オリオンビールだの、やきとんだの、ピザだの、ワインだの、日本酒だの、なんだの、かんだの、満喫していました。満喫していたのです。

ちょっと前は旅行サークルにて鹿児島に旅行に行きました。黒豚しゃぶしゃぶ、鳥刺し、焼酎、オォー、ニッポン!ニッポン!

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で、昨日、海老を食べました。途中、オマール海老の掴み取りがありまして、486gのオマール海老を掴み取ってやりました。下一桁の数字を予想して当たっていればそのオマール海老の値段分、3000円ほどが無料だったのですが、当たらなかったのです。別テーブルの数字を当ててしまい、「海老の豆知識プレゼント」なる景品を得たのですが、まさかの「何知りたいですか?」という質問に対し、司城くんは「海老の足は何本ですか?」というこれまたまさかの問いをして、先方も「それ豆知識じゃないですよね?」「あとでオマール海老持ってくるんでその足を数えて下さい」という、ボクシングで言うとクリンチに持ち込まれた感満載の会話を満喫しました。

昨年末、城崎にて蟹を食べた時、蟹っちゅうのはこんなに美味いのかと、蟹刺しというのはこんなに甘いのかと、そう思いつつ、セコガニをむしゃむしゃと食べ、さらに最後、蟹ミソたっぷりの雑炊を食べた時、ああ、僕は今までちゃんと蟹を美味いと思って食べたことなかったのだなと、思ったのです(変な日本語)。あれは美味かった。

そも、甲殻類というのは食べにくいなと思っていて、食べにくい割に蟹なんてボリュームがないやないか、という貧乏性的堪え性の無さを根底に抱えていたのですが、あの蟹は本当に美味しかったのです。蟹刺し、セコガニ、焼き蟹、蟹ミソ。

で、昨日、海老を食べました。海老なんて、刺身で食べるにしても頭ついてたらいちいち取るの手間だし、手は汚れるし、なんだかなあ、といつも刺し盛りの頭付きの海老を見る度に思っていた僕ですが、いや、ごめんなさい海老さん、美味しかったです。海老味噌風味のディップ、海老風味のポテトサラダ、天使の海老の踊り食い。

そして、何よりも上述のオマール海老でした。トマトガーリックソースたっぷりのそれは、最終的にそのスープを使ったパスタへと変貌しました。

あれは罪の味でした。パスタの背徳感とはなんなのでしょう。カルボナーラ、ペペロンチーノ、そして、ジェノベーゼ。そういったものが走馬灯のように駆け巡りつつも、「コク」が、「旨味」が、小さな玉子のそれら「海老の思い出」が、気がつけば僕たちに「マウーッ」「ワオーッ」なる奇声を小言で発させていたのです。

先に、海老本体を食べていないと味わえないであろうあの味、あのパスタは、しばらくパスタオブパスタとして、僕の中に残るでしょう。

「王泥棒JING」とか、「ワンピース」とかで、大きな海老、ロブスターをガブリとかぶりつく絵を幼き頃の原体験として見た記憶があるのですが、あの光景に追いついた気がしたのが、昨日のことでした。オマール海老⇒ロブスター、ウシエビ⇒ブラックタイガー、なんですね。

やたら誇大に書いたのではとも思いつつ、今日は鮭を食べたいと思います。



by unkonamazu | 2015-08-16 15:01 | Comments(0)
2015年 08月 15日

駆け抜けてうんなま(備忘録的振り返り)

劇団うんこなまずという団体は、もともと大阪大学劇団ちゃうかちゃわん(ちなみに僕は20期生です)という演劇サークルのプロデュース公演的に活動を開始し、特に大阪市立大学劇団カオスの力、カオスの力、カオスの力、を借りたり他大学他団体の力を借りつつ、2010年3月にこけらおとし公演を行いました(劇団にこけらおとし公演という言葉は誤用なのではないかと気づく。旗揚げ公演か)。

2010年3月にやったのは、もののけ姫、あの、もののけ姫を舞台化しようということが発端だったので、僕はあくまで役者であり、演出は別の方でした。「うんこなまず」なんて団体が「もののけ姫」なんて演目をやる、ということで、ネットの極一部でえらい目にあった記憶があります。自己責任がデカいですが。エンタメでした。超エンタメ。僕はヤックルの役でした。@大阪大学学生会館2階大集会室でした。また、どデカイエンタメをいつかやりたいとも思いつつ。今だに、うんなまと言えばこの公演だったりします。

その後、そも今後やるのか否かという無目的さを抱えつつ、これまでほぼ役者しかしてこなかった僕が、作演出をしてみたい、という思いつきにより、2011年10月に「さだだだ。」@ロクソドンタブラック(まだオーバルシアターではなかった)、2012年1月に「いぬのさんぽ」@一心寺シアター倶楽(!)なる作品をやりました。この頃は僕の作風は今とは全然?違って、ナンセンスハイテンション芝居、みたいな感じでした。さだだだでは、舞台上に白い紙を敷いてそれに落書きして破る、1人を多人数演じる、意味不明な言葉遊びを支離滅裂なテンションで叫ぶ、芝居大ラスでそれまでのシーンを人力MADする(ナイトオブナイツでした)、またいぬのさんぽでは、舞台上に風船をいっぱい置いてやたら破裂させる、誰も特に得意ではないドラムセットを置く、鳴らす、芝居大ラスで舞台上に点在していた装置が合体して巨大な階段になり、一心寺の舞台とテラスが繋がる(ように見える)など、こうやって書くと結構演出凝ってるんじゃないかと思えていいですね。大変なことも多々ありました(人に大変な思いを多々させました)が、いい思い出だし経験でした。今だに、うんなまと言えばこれらの公演だったりします。

その後、大学を卒業し、これまたやるのか否かという無目的さを抱えつつ、とりあえずやってみよう感満載でやったのが2013年1月「明日放る」@AManTo天然芸術研究所でした。9ステージでお客さんが確か100人前後、とあるステージではキャスト3人に対しお客さんも3人ぐらいという年明けのドタバタ感に紛れて行なった公演ですが、あれが一つの試金石だったのだなと、今でもしみじみ思います。9ステージの内、「酒気帯び公演」「成人式公演」なる特別めいた公演を設定しておりました。成人式の方は、作中出てくる「先生」という役の呼び名が「市長」になっているだけ、かつそれも徹底できていないという事実上の詐欺でした。酒気帯びは、あの回だけで全体1/4〜1/3の集客を達成し、お客さんは飲食物持ち込みOK、役者は開演から泥酔している、ランタイム60分が70分になる、感想に「役者が酔っているのか俺が酔っているのかわからない圧倒的一体感だった」というヤバいものがあった、良い公演でした。いつまでもできない脚本、支離滅裂と寂寥感の押し売り、異様に近い客と役者、中国?の飲食雑誌の取材、台本を手に持つ僕、鏡だらけの舞台、砂や水を撒く、音響が一切無い、大ラスで劇場内のシャッターを開けて役者が出て行きそのまま終わる、など楽しい感満載の公演でした。この公演が好き、という人も多く、かつこの公演を観てメンバーが増えたり、のちの客演が多く観ていたり、「dracomに似ている」と書かれたり、振り返ると感慨深い公演です。しみじみ。今だに、うんなまと言えばこの公演だったりします。


続く



by unkonamazu | 2015-08-15 11:46 | Comments(0)
2015年 08月 11日

dracom たんじょうかい#3でした。

一昨日の日曜日、dracom たんじょうかい#3の公演、ならびにアフタートークに行ってきました。拙作『tango@はじめて』がものの見事にいわゆるdracom的?にカバーされていて、ヒジョーに興味深かったです。たんじょうかい#3の感想はコチラhttp://togetter.com/li/858872

以下はうんなまver.…dracomver.の方々と写真でも撮ればよかったなと思いつつ。



公演自体もさることながら、アフタートークも満喫、かつ打ち上げにも参加させていただき、いやはや良い1日でした。いうてうんなまでは選択しないであろう演出がされていたので、アレを観て、今後うんなまをはじめて観る方にとっては、きっとまた予想外な団体として印象づけられるのやもしれません。良い意味で、にしたいですね。いろんな人に観に来てもらいたいです。

時間が経つに連れて、純然たる感謝の念が…いやはや、本当にありがたい機会でした。関係者の方々、本当にありがとうございました。いろいろな思いはありますが、なんというか、生き延びていきたいですねえ~~。

*****

8/22(土)には、ざろんさろんもあります。これまた、楽しんでいきたい。
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by unkonamazu | 2015-08-11 14:14 | Comments(0)