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2015年 06月 14日

さっきとは違うことに関してのメモ

〇より私的な。議論の意図はなく、覚書として。

・個人の感覚として、やはり舞台上に上がるべきは「人単体」ではなく「目的意識を共有した集合体」なのではと思う。

・「舞台上に上がるべきは」⇒「演者の心がまえとしては」?

・サブテキストを積み重ねても、現実の人間がもつ文脈には及ばないのではないか、と自信が持てた。というか、安心した。

・想像は、経験・習慣・記憶、には及ばないのではないか、というのが個人的な最近の考え。

・もちろん、本当の役者(そんな人がいるのか)は、前者が後者を超越するのか。

・でも、想像は、0→1ではなく組み合わせ、なのではないか。

・ジミーペイジも、リフに関して、似たようなことを言っていたような気がする。

・ドラマなんてのは、劇場、舞台上ではなく、日常に圧倒的にあると思う。道端ですれ違うくたびれたおじさんの人生(365日×年数)がどのようなものかなんて、誰が想像できようか。純粋な積み重ねの量としても。

・この人がこういうサブテキストを持っているというのをお客さんがわかる、もしくは感じて初めて、サブテキストは意味を持つのではないか。

・サブテキストによるメイン?テキストの重みというのは、メインテキストを無責任に処理することで凌駕できないか。

・無責任にすることが、愛着を凌駕できないのか。ハードルは低く、到達点は高く。

・メインテキスト(=台詞?)も、舞台上でoutputされることの「手段」なのではないか。

・大事なのはやはりinputではなくoutputだと思う。

・outputをとかく重視(というかここの調整に終始?)しているのが、ここ2年ぐらいのうんなまだと、勝手に思っているが、それゆえのサブテキストのペラペラ感を指摘されたことがあり、なんというか気になっていた。

・役者の身体が、既に何らかのサブテキスト(つまり、その人自信であること)を持っているのではないか。

・観客も、文脈を持っている。

・その文脈を呼び起こすトリガーは何なのか。観客個々の文脈にうまく潜り込めたなら、それはだいぶ色々が有利になるのではないか。

・「目的」は何か。舞台上に居ること自体なのか、それとも、舞台上を越えることなのか。

by unkonamazu | 2015-06-14 23:38 | Comments(0)
2015年 06月 14日

ざろんさろんメモ

〇ざろんさろん(2015年6月14日16:00~18:00)のメモ

・ざろんさろん、ファシリテイト、してきました。
・ファシリテイト、してきたとはなんぞや、と言うと、結果ずっと相槌うって、たまに聞きたい、興味のある方向に持っていく、な感じなのですが、なかなかに個人的意義もある、楽しい機会でした。「集団での雑談」自体の面白さ、か。
・もちろん、参加者によっていろんなコミットの仕方やら、そも立場の違いはあるにせよ、それ自体も面白さにつながるところなのでしょう。
・人はやはり、「喋りたい」生き物なのかなと、思ったり思わなかったり。

・コンテンツとしては、主に前半はspace×drama2015の作品を振り返ることが主でした。
・その中で、いわゆる「全作品観てまっせ~」的な人がいなかったことも相まってか、「ぶっちゃけ今回はどこが獲りそうですかね」的な会話の中でも、中々単純な順位付けができず(純粋に団子状態になってた、という意見もありました。そも、今回はレベルが従来より高い?例年は、獲る劇団は明らかに頭一つ抜きでている状態だった?)。
・お芝居の感想の持ち方、興味どころというのは人それぞれだよなと、当然ながらのことを感じつつ。作品自体の読み解きに興味を覚える(そして、好き嫌いが生まれる)だったり、あるワンシーンが記憶のトリガーを引くことで作品全体の感想がポジティブになったり、ある台詞が耳について結果作品全体の感想がネガティブになったり。
・今回space×dramaで初見だった団体を、今後も観ていこう、という方もやはりいる。

・後半は、個人的に興味の矛先もあってか、「観客が公演(劇団)を観る理由」的なことにフォーカスがあたりました。前半に比して、より広い視点ですね。
・作り手が参加していたこともあってか、「作り手の思い、意図」を、それを観た、その劇団を観たことがあるお客さんが聴く、という珍しい?光景もありました。
・一方で、限りなくinput側の「作り手の思い」は当然?良くも悪くも?outputを受け取る「お客さん」に届くものでもなく。
・お客さんがある劇団を観る理由は、「以前観た公演の印象」と「魅力的な客演」、そして「評判」なのか。しかし、印象<評判かはさておき、印象<客演はあるっぽい。初見の劇団自体も、客演が理由に大いになり得る。そういう意味では、客演自体がクオリティの担保になり得る、のか。
・「印象が悪い劇団」を再度観に行くタイミングとしても、客演は担保になり得る、のか。
・しかしながら、「印象が悪い劇団」が「印象が良い劇団」になることは、嬉しい?(印象が良い、悪い≒おもしろい、おもしろくない)まあ、逆のパターンに比べれば当然か。

・継続して一つの劇団を観るということ。育てる?とは違う部分もある。
・祝祭としての演劇。そこにあるのは信頼関係と、「初見でも楽しませまっせ!」感か。

・途中、「おもしろい作品を作ること」と「お客さんが来ること」、さらに後者から「芝居を観る層が来ること」と「芝居を観ない層が来ること」に話が分化されていったこと『自体』も、個人的には面白かったです。

・個人的なおもしろポイントとしては、What's芝居?What'sオモロイ?的な川上での禅問答よりも、お客さんの評価軸、興味ポイントはそりゃ川下的なところだよな、ということでした。川上に興味を持ってもらうためには、まず川下が合格点に達していないと(好かれないと)いけない?
・これもまた、当然のこととして嫌いな(好きでもない)人の悩みなんてそりゃ興味持ちようがないよなわざわざ触れようと思わないよな、と。
・ただ、川下にやってくるまでに川上でそんなに考えられて、苦労があるなんて~、という、「すごいと思います」感も、素直な実感として持ってもらえることも、ある?

・結局は、「好かれる」ことが、観てもらうこと、につながるのやもしれない。当然か。

by unkonamazu | 2015-06-14 23:03 | Comments(0)
2015年 06月 04日

カテゴリはもう数年選択していない

冷凍うさぎのブログを書きましたhttp://t.co/WJ5J0GzPII(こういうふうに相互リンクすることで活性化を図る。一体何が活性化するのかとか考え出すともうワヤじゃ)。

以前にも書いたかもしれませんが、この「うんこなまずの巣」というブログは、いわゆるうんこけらおとし公演の稽古開始の2009年からあるので、息の長いブログとなっているのです。記事の全くない時期とかもありますが。

当時大学2回生、21歳だった僕は~とか、当時の記事の調子のってる感の類はさておき、やはりブログ開設当初はテンションも高かったし、タイトルのようなカテゴリ分けもあったんですね。

当ブログ記事には実はカテゴリが3つありまして(そう、今回の記事はこのブログのカテゴリ分けについてです)、「うんこなまずな公演」「うんこなまずな稽古」「うんこなまずな日々」の3つなんです。選択しなければ「未分類」。

公演は、まあ公演情報なんですね。おそらく毎公演ごとの公演情報を掲載する用のカテゴリなんでしょうが、一時期使ってた「うんなまニュース速報」なる記事にお株を奪われてしまった感もありつつ、というか今どちらも活用してないなと思いつつ、カテゴリをきちんと作っていればそうかまとめてみれるよなとか思いつつ。

稽古は、まあ稽古日誌ですよね。稽古後に座組で誰か指名して書いてもらうアレですね。そもそも指名しても書かないという反骨精神はさておき、これも、特段指名の際にカテゴリ分けについて説明も何もしていないので、もう選択するしない統一されていないし、むしろされていない方が多いですね。

日々は、まあ雑記ですよね。昔はどこそこに集団で遊びに行っただの記事を書いていましたが、今はもう雑記自体もお察しの通りなので、しかしまあたまにこのカテゴリが使われていたりするわけで、不明瞭。

なかなか、初志貫徹というか、決めた決まりごとを守るというのは難しいものだなと考えながら、キーボードカタカタと打ち込んでいる目が覚めた夜中(寝るのが早い)なわけですが、いやはや、尻切れトンボです。そもそも、守る必要性が感じられない決まりごとだからというのもあるでしょうが。

しかし、特段このカテゴリ分けを復活させようという気概もないので、そういうことなのでしょう。モチベーションとはなんぞや。

タンブラーはおしゃれ。つくったnotesは(まだ?)活用していない。エキサイトブログへの妙な愛着。

全くもって目的意識のない記事。。。ちなみにこの記事も「未分類」


餓鬼レンジャー-MONKEY4

by unkonamazu | 2015-06-04 02:52 | Comments(0)
2015年 06月 02日

雑記'n on

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ざろんさろん、という場のファシリテーターをすることになりました。

*****

ファシリテーター(英語: facilitator)とは、促進者を意味する言葉である。

ファシリテーターの姿勢・態度
「共にある」ということ
援助的であること
状況への感受性が豊かであること
先走らないこと
失敗を恐れないこと

ファシリテーターの役割
その会全体の運営・管理の責任者
グループ・プロセスの観察者であること
グループ・プロセスの援助者であること
スケジュールを管理する
講義および実習のインストラクター

*****

とかく、「さろん」であることはイベント名称から読んで字のごとくなので、ならばやはり気軽に参加できてなんぼな柔らかいイベントなのではないかなと思うので、そのような「ハードルの低さ」を個人的には意識できたらなと思っている(けど、このような意識づけはそもそもあまり必要ないのではないかなとかも思ってしまっている)。

個人的には、なんというか、ハードルの低さ/間口の広さの、ポジティブな側面とネガティブな側面の両方を、まだ整理できていない、と最近思っているので、そのあたりのことを考えていくきっかけにもしたいと思っている。

しかしまあ今回のざろんさろんにおいては、僕が僕の思っていること、とかではなく、やはり来てもらった人が好き勝手喋る、ということが大前提であることは言わずもがななので、どのような人がどれくらい集まるかによって変容するであろうその光景に、僕は期待している、せずにはいられないのである(もちろん、ファシリテーターたるからには、集まった人との信頼関係をどう構築するのか、そも構築できるのか、という不安というか怖いものみたさもある)。

さろんは、貴族のためだけのものではないはずなのである。

つまるところ、単純にいろんな人が来たらいいと思う。気軽に。。。

※可能であれば、また後ほど、具体的に、ざろんさろんについて書きたいなと思います。

by unkonamazu | 2015-06-02 00:02 | Comments(0)